チーム発足当初から 若い夢を全力でサポート

スフィーダ世田谷のトップチームメンバーと川邊監督

スフィーダ世田谷のトップチームメンバーと川邊監督

なでしこジャパンの活躍で今ではすっかりメジャーになった女子サッカー。でも、今から14年前のこと。小学校でサッカーをしていた女の子たちが中学に上がると、サッカー 部は男子のみで、女子は入部できませんでした。「中学でもサッカーを続けたい!」との思いを叶えようと、母親たちが新しいチームを立ち上げました。

そのチームこそ、現在なでしこリーグ昇格を目指して躍進する「スフィーダ世田谷FC」です。

監督、スタッフ、選手を激励

監督、スタッフ、選手を激励

スフィーダは、トップチームのほかに、小学生・中学生・高校生・ママさんの4チームを合わせ、合計170名が所属する国内最大規模の女子サッカークラブに発展しています。  しかし、発足当初は練習場所の確保が最大の課題でした。無名のチーム。「女の子がサッカーなんて」と冷ややかに見られることも。学校のグラウンドも区民に開放されたわずかな枠の争奪戦でした。

そのとき、一人の母親から諸星よういちが相談を受けました。「 女の子たちは本当は部活でサッカーをやりたかったんです。それができないからチームをつくったのに練習もできないなんて……、あまりにかわいそうです」

スフィーダ世田谷FC稲田代表と諸星

スフィーダ世田谷FC稲田代表と諸星

真剣な思いを受け止めた諸星は、ただちに区の教育長に掛け合い、思いを代弁しました。そして月に1回、中学校の校庭の使用を勝ち取ったのです。

さらに月2回に拡大し、「すごい!定期的に練習する場所ができるなんて!」と喜びの笑顔がはじけました。

その後も一貫して、スフィーダの活動をサポートしていった諸星は一昨年3月、区議会質問でもスフィーダを取り上げ、区をあげての支援の必要性を力説。

ホームグラウンドとして大蔵総合運動公園の陸上競技場を整備することや、当面、駒沢オリンピック公園の競技場を優先使用できるようにすることを要望しました。

「区議会予算特別委員会」での諸星は発言抜粋 (平成25年3月21日)

「スフィーダとはイタリア語で『挑戦』を意味します。スフィーダからあのワールドカップで大活躍した澤二世が出てもおかしくない、そういう時代が私はもうすぐそこに来ていると期待をしているものです。世田谷の子どもたちに大きな夢を与えられる存在というのが、スフィーダ世田谷ではないかと私は思います」

川邊監督

川邊監督

発足当初からコーチを務めたスフィーダ世田谷FCの川邊健一監督は語っています。

「いろんな方とのお付き合いはありますが、チームの立ち上げの頃から、私たちを応援し続けてくださった方を、私たちは絶対に忘れません」

若者の夢の礎になる――。諸星よういちは、これからもスフィーダ世田谷FCの背番号 「12」のユニフォームを着て、頼もしいサポーターとして共に進んでまいります。

スフィーダ世田谷FCのオフィシャルウェブサイトは
http://www.sfida.or.jp/へ。

川邊監督と栗林のり子都議会銀と。三人とも気合い入ってます!

川邊監督と栗林のり子都議会議員と。三人とも気合い入ってます!